柴田さんのSTS−135取材 スペースシャトル最後のフライト

レポートメニュートップ
ガーランド中継点



2011年7月21日 スペースシャトル最後の着陸

 日付が変わった頃、着陸後の滑走路上での取材申請に対する返信が来た。やっぱり応募者多数のため閉め切られたとのことで、英文で「理解を望む」と結んである。うーむ、残念である。まあ仕方ない。これは着陸の様子を撮影することに専念した方がいい。
 という事でカメラのテストをする。いつもは使わないF2.8のレンズに、ISO感度を目一杯上げた撮影なのだ。こんな組み合わせで打ち上げを撮ったら真っ白けになって使い物にならないが、今回は暗い中を降下してくるシャトルを撮るというのだからこうなってしまう。
 持ち込んだカメラで設定できるISO感度のうち、12800と51200でテストしたが、さすがに51200ではノイズが増えて画質に少し難がある。これは、よほど暗い時にしか使えないねえ。
 ちなみにこの万単位のISO感度は桁などの間違いではなく、最近のカメラは本当にこれくらいのISO感度があって、しかもある程度実用になる画像が撮れるという恐ろしさ。しかも高級一眼ではなく、中程度の一眼レフだ。昔のこのクラスは3200程度でもノイズだらけになったものだが、今では実用可能な画像が得られる。いやはや長生きはするものよのお…と言いたいところだが、数年もしたらこの値すら普通になっていくのだろうな。
 (※実際、2012年に入ってから、このくらいの感度を持つカメラが増えている。数年先にはどうなっているのか、もう想像もできないほどの勢いで進化しているな)

 とはいえ今の最高感度である51200はノイズが多い。という事で、暗くてくっきり写る事が期待できない時に51200を使い、2度目の着陸機会で夜が明けたり、ライトが当たってシャトルが視認できたりしたら12800以下に変更してみよう。忙しい中でやれるか不明だけど、他に手も無いし。

 んで、0時半頃からNASA−TVが着陸に向けたシャトルの作業状況を伝え始める。着陸を決定した訳ではないのだろうけど、かなり気になる。これから取材陣は着陸の可否を知る前に滑走路脇に運ばれてしまうので、こういった情報をなかなか得にくくなるのだ。まあネットが繋がればどこでも情報を得られるけど、滑走路付近はまだ行った事が無いので、電波の状況が判らないのよね。

 そして滑走路に行くためのバス待ちをしていたら、いきなり乗車順の変更が伝えられる。レッドバッジの記者が優先…って、なんですかそのレッドバッジって?
 海外メディアの緑色に対してアメリカ国内メディアは赤い文字のバッジらしいけど、それとは無関係に乗車できる記者が選別されているなあ。
 (※緑と赤文字:厳密にそうだと確認した訳ではないが、そんな風に見えた)
 柴田だけでなく、内外のどの記者も状況が判らず大混乱になる。柴田も回数は少ないとはいえケネディ宇宙センターでの取材経験はあるのだが、それでもこの混乱は初めてだ。しかしレッドバッジっていつの間に登録したのやら。
 えっ、滑走路取材が許可された記者に発行されている赤いシールがそれだって?
 えーとつまり、着陸取材でも優先的に場所を確保できるということかあ。…うわあ、それならなおのこと早く返事のメールを出しておくべきだった。

 結局、柴田が乗れたのは4台目のバスだった。それでも事前に記名していたので早く乗れた方だ。記名無しの記者達は更に遅れてしまい、かなり焦ったことだろう。いつもなら記名無しでも十分だったという話なので、どうせならSTS−133か134の時の着陸でも取材していれば良かったな。今となっては後の祭りだけど、そう思わざるを得ないよねぇ。

 という訳で、真っ暗な道を走って滑走路脇に向かう。しかしこれだけ真っ暗だと、取材場所がどうなっているのか判るのかな。つか、そもそも着陸取材は初めてなのに、練習も事前確認もできないというのは難儀だなあ。すべての記者が満足できる場所であればいいのだが、なかなかそうはいかないようだ。
 一応、ネットの地図で位置関係は見てきたが、樹木や建物がどう視界に影響するかまでは判っていない。さて、どうなるのやら。
 とりあえず慣れていそうなアメリカ人記者のあとをついていったら、コントロールタワーの下にある建物内で、明るく照らされたテラスのような場所に出た。これなら懐中電灯もいらないほどだが、問題は狭いということだなあ。実際、先に到着している記者達が最前列を確保していて、条件の良い場所はもう無い。という事で、脇のほうの隙間に入り込む。関係者が入る席の隣なので、そこに関係者が立つとアウトという場所だ。仕方ない、チャンスを見つけて最大限に利用するしかない。

 このあとカメラをセットして待っていたが、やはり関係者が前に立ってしまった。あの頭の列をシャトルが抜けてきたところから、隣にずらっと並んでいる記者達との間にできた数メートルの隙間で勝負だな。いやまあ暗い中での流し撮りで、しかもここでの経験も練習も無しというから、困ったほど難易度が高いぞ。今から場所を移動しても、もう良い場所なんて残っていないだろうし、やはり数回は経験しておきたかったな。
 このため、ISO感度の設定は最高の51200にした。サーチライトがあるので少しは明るいのだが、着陸してから減速していない部分にしか人の切れ目が無いため、かなり速いシャッター速度が要求されているためである。それでも1/40というシャッター速度では、気をつけないとすぐ流れるなあ。

 そのとき、皆が一斉に空を見上げた。国際宇宙ステーション(ISS)が通過したらしい。ここはサーチライトの直下で空が白く輝いてしまっており、そういったものがなかなか見えないのが残念なところ。続いてシャトルが降りてきてケネディ宇宙センターを周回しているらしいのだが、それも見えないなあ。
 と、ここで肩を叩かれる。どこかのマダムが空を指して「アトランティス!」と教えてくれた。あっ、あの光の点がそうなんだ。いや、いるのか知らないけど、エスコートしている飛行機の光だろうか?
 (※少し前に航空機が滑走路周辺を飛んでいたのは確認している。音からしてタッチアンドゴーをしていたと思う。恐らく滑走路のチェックだと思うが、それがシャトルのエスコートのためにまだ飛んでいるかは、真っ暗なので判らない)
 そのあと背後の建物の影に入って見失ったのだが、いきなり「ばんばんっ!」という大きな衝撃波の音が響き渡る。
 おおおっ、これがあの音かあ。シャトルが降下してくる時、音速以下になると聞こえるという、爆発したような音。たとえるなら、お祭りやイベントなどで昼間に音だけ鳴らす花火を、至近距離で炸裂させたような音だ。当然だが、アメリカ人達は大喜びである。
 音速を出せるジェット戦闘機以外でこの音が聞けるのは、シャトルなど特殊な機体だけだ。しかもシャトルは一般でも聞ける希有の存在だった訳だ。そして、今まさにシャトルによる最後の衝撃波が鳴り響いた訳だ。

 空が暗くてシャトルはまだ視認できないが、いよいよ着陸するらしい。…もちろん前に人が沢山いてよく見えないし、夜空の中からシャトルを見つけ出すのも困難だ。
 しかし人の動きやサーチライトの光に僅かに変化が現れていて、おそらくシャトルが来ているのではなかろうか…あっ、来てた!
 黒い影とも言うべき曖昧なそれをカメラで追跡し、関係者の頭を抜けた瞬間から撮影開始。そしてアトランティスは接地した車輪から煙を上げ、パラシュートを開いて通過。予想よりも物凄く速い。感度を最高にした上での高速連写だが、それでも20枚も撮れないという僅かな瞬間だった。肉眼ではアトランティスが見えていたけど、さーて写っているかなあ。

 …写ってた。13枚にアトランティスが写っている。しかし…えーと、まともに使えるのはたった2枚かい。写ってはいるが暗くて使い物にならないのが数枚、機体の前か後ろが切れてしまっているものが数枚。そしてノイズはあれど、ばっちり写っている2枚。うーむ、最初で最後、しかもワンチャンスという撮影が高難易度というのは心臓に悪いわなあ。
 まあとにかく撮れて良かった。音だけで満足する…なんて事態も考えられたので、この結果は良しとしよう。
 ところで、これらを確認していたら、さっきのマダムと旦那が覗き込んで「ぐっじょぶ」と評価してくれた。なんだか嬉しいね(笑)。

 シャトルは滑走路の先で停止しているはずだが、暗くてよく見えない。しかし支援車両が向かったので、その光でだいたいの位置は判る。望遠レンズで写そうといろいろ試したが、手前の灌木が邪魔をしてシャトルは見えないようだ。上の階ならあるいは…と思ったけど、関係者向けの場所だから入るのに苦労しそうだなあ。というか、上の階でも見えないのか記者や関係者がぞろぞろとバスに戻り始めている。こりゃ深追いしない方がいいか。
 このあとの滑走路上での撮影に参加できないのは残念だが、いまさらそれが認められる訳もないし、さてこちらも戻ろうか。

 そう思ってバスに乗ろうとしたとき、ようやく夜が明けてきた。ああ、これだけ明るい中の着陸ならば撮影も楽だったろうに。スペースシャトル最後の着陸なんだから、そんな演出があっても良かったのにねえ。
 そういえば、軌道上の作業のためということで着陸日を21日に延ばし、当初予定していた月着陸と同じ20日と合わせなかった件など、もしかすると政治利用を避けたのかなと思わせる判断があったような気がした。あくまで研究と実験がメインだというサインというか、配慮なのかもしれない。
 …もしかしたら記念日は別々にあった方が、パーティーの開催が増やせるという理由か?
(※さすがにそれは無いと思いたい・笑)

 着陸取材が終わり、柴田を含む記者達を乗せたバスがニュースセンターに戻ったところで、39A射点の右手方向から太陽が昇ってきた。ゆっくりと波打つTurning Basinに朝日が反射する光景はとても美しく、柴田を含む多くの記者がそれを撮影していた。
 この朝日に合わせて着陸した方が良かったな…というチャンスが二度と無いのも寂しいことだな。

 なお、この着陸までに全てのスペースシャトルが飛んだ合計距離は8億キロを超える。地球からの直線距離にしたら月どころか太陽ですら軽く飛び越える距離だ。しかし小惑星探査機「はやぶさ」のそれが60億キロだから意外に少ないとも感じられる。だが7年間飛びっぱなしだった「はやぶさ」に対して、シャトルは多くても1回で17日間しか飛行しておらず、地球で整備を受けていた時間の方が長いだろうから大したものである。
 ついでに、「はやぶさ」の60億キロも、地球をずっと周回している衛星の中には似たような距離に達しているものもあるだろう。もっとも「はやぶさ」は加速しつつ航行している宇宙機だった点で、他とは違っているだろうけど。
 そしてこのアトランティスの飛行回数は33回で、宇宙と地球を往復する機体として開発されたとしては少ないとも感じてしまう。いちばん多く飛んだディスカバリーでさえ39回だ。30年の間に5機で135回というミッション回数は多いのか少ないのか。これは見方によっていろいろと変わるだろうな。柴田としては、135回のうち2回しか現地で見られなかったのが悔しいが(笑)。

 ニュースセンターに戻ったら、いつものようにメインの写真を日本に転送し、その他のものをtwitterに投稿する。これで終わり…なんてことはなく、今度はアトランティスのトーイングの取材だ。シャトルを滑走路からVAB近くの整備施設まで運ぶもので、もちろんこれも最後のミッションだ。まあ博物館に運ぶミッションでまた通るかもしれないけど、それはもう宇宙機としての使命を完全に終えて、展示向けの改装をした後だからねえ。

 この取材バスに乗るのも大変で、柴田は名簿に記名していたので優先されたが、そうでない記者達は職員の指示で後回しにされている。早く並んだ順という伝統があっただけに、混乱しているなあ。
 ところがカウボーイハットをかぶった古参の記者といった感じの人が「わしゃここに並んだのだ、お前みたいな若造が後からごちゃごちゃぬかすんじゃあない!」(※スーパー意訳)といって頑として動かなかった。結果として黙認のような形になったが、あれって今後の取材でどう扱われるか不安。
 他にも、どこかの記者が10マイルオーバーで捕まったような話をしていた。ちなみに打ち上げなどの大きいイベントがあると、ケネディ宇宙センター周辺ではよくスピード取り締まりをやっているようで、以前にも周辺道路で見かけたことがある。笹本祐一さんの「宇宙へのパスポート」に掲載されている情報から考えると、あの記者はしばらくの間、自家用車での乗り入れが規制されちゃうんだろうなあ。こちらは知っているので、制限速度かそれ以下で走っているほどである。
 (※ここでの取り締まり以外にも、タイタスビル周辺では頻繁に取り締まりをやっているようだ。パトカーはもちろん、白バイも見かけた。しかも日本のようなわかりやすい白バイではなく、ハーレーらしき黒っぽい車種だったので、慣れていない日本人にはなかなか区別がつかないだろう。とりあえず制限速度は厳守した方が身のためである。もっとも、幹線道路での制限速度はだいたい55マイル以上、下手すると70マイルもあるので、日本と比べてかなり速い。また、制限速度が遅くなる場所には、大きい交差点や検問所があるので、ちゃんと考えられているようだ)

 んで、トーイング取材のためバスに乗ったはいいのだが、シャトル側の準備があるのか、一向に動き出さない。このバスは走っていないと冷房が効かないらしく、高くなってきたフロリダの太陽にやられて、じりじりと暑くなってゆく。寝ていない上に、ろくに飲食をしていない記者達はもう干上がってしまう寸前である。冷房を入れてくれという声が何度も上がるけど反応無しということは、恐らく動かせないのだろうなあ。
 とにかく待たされ続け、ようやく動き出したのは乗ってから1時間ほど過ぎていた頃だったと思うけど、暑さと眠気で意識が朦朧としていたので定かではない。しかし冷房が効き出したのでほっとしたのは覚えている。

 しばらく走った後、ようやくシャトルが通る道端に降ろされたが、なんのことはない、VAB近くにある滑走路への分岐路で、自分の車で来ることができたら5分もかからない場所だ。少し頑張れば歩いても来られるだろう。中には自家用車で来ている人もいるけど、職員なのか記者なのかは不明。つか、敷地内とはいえ普通に通れる場所のような気もするが、この場所だとは知らなかったからねえ…。
 ここは目の前が池になっている草地の斜面で、蒸し暑さと蚊の襲来がひどいところでもある。幸い…と言っていいのか知らないが、蚊のほとんどは柴田以外の記者に向かっているようだ。効果があるのかどうか判らなかったけど、虫除けを塗ってきた効果だろう。ただこれも日焼け止めとのトレードオフで、かなり日に焼けて真っ黒になったようだ。

 ここでカメラをセットしていると、すぐにアトランティスが見えてきた。とはいえ遥か彼方に小さく機体が見えただけで、ここまで来るのに相当かかりそう。えーと、滑走路からここまで2キロメートル程度はあるんだっけ。
 シャトルの移動方法は、空港を出発する旅客機と同様にトーイングカーで牽引することになる。シャトルは自力では地上を移動できないので、トーイングカーを外してしまうと完全に身動きがとれなくなるのが旅客機などとは違うところ。
 そしてその移動速度は文字通り「歩くような速度」で、実際に関係者が一緒に歩いてくるほど。
 ちなみに暑いのは関係者も取材陣も一緒だが、関係者達はシャトルの翼の下にある日陰に入るという、うらやましい役得があるので少し楽そうだ(笑)。

 じわじわとだが確実にこちらに向かって来るアトランティスを撮影し続ける。どのタイミングが最良になるかは後にならないと判らないので、ひたすら撮るしかない。
 そして耐熱タイルの継ぎ目などの細部が判るほどに接近したアトランティスは、降下してきたときの姿そのままで、もちろんメインエンジンや姿勢制御エンジンもほぼ打ち上げた時のままだ。VAB入りの時に見たディスカバリーよりもシャトルらしいが、いずれこの機体もエンジンを外して展示に向けた整備が行われるはずである。

 ところでいつも思うのだが、エンジンやスラスタの耐熱性能はどれほどあるのだろう。目の前を通過するアトランティスのそれらは、多少の変色はあれどちゃんと原形を保っている。しかし耐熱タイルやサーマルブランケットで保護されている機体はともかく、メインエンジンやスラスタはむき出しなのである。そりゃ噴射の熱に耐えるのだから耐熱性も高いのだけど、それは燃料と酸化剤の混合比や液体水素による冷却などの補助的手段を併用しているはずで、それらが期待できない大気圏突入時に、よく無事に済むものだなあと感心してしまう。機体構造も巧妙にそれらを保護するようにはなっているけど、それでも凄いなと思う。

 アトランティスが前を通過してすぐ、記者達にバスに戻れと指示が出た。あらら、余韻に浸る余裕も無しとは忙しいねえ。しかしアトランティスの移動はまだ続いており、しかも我々の帰り道を驀進中。宇宙センターを南北に貫くケネディ・パークウェイ・ノースは、滑走路からVABまでの接続路を兼ねている部分があるのだ。
 という事で、アトランティスが道から出るまでしばらく待たされる。ここでまたバスのクーラーが停止して、照り焼き気味な時間を過ごすことになった。隣の記者なんて塩の結晶が腕に浮き出て凄いことになっている。痩せた体型なのでもう汗が出ないのだろうか、このまま干上がらないか心配だ。なんとなくインディジョーンズの映画を思い出す。
 柴田は汗が滝のように流れるだけだが、もしかして塩分が足りなくなってきたのかな。あーもう、ミネラルを摂取しようにも甘いお茶しか…ああっ、どこかにお茶のボトルを落としてきたっ!(笑)。

 頼みの綱であったお茶を紛失し、喉が渇いて仕方ないので、ニュースセンターに戻ったらすぐに清涼飲料水を買い求めるつもりであった。いやもうニュースセンターの水道水でもいいや。
 しかしバスは何故かVABの方に走ってゆく。おーい、どこに行くのだ、俺は干からびる寸前だぞー。…いや、何か新しいものを見せてくれるなら嬉しいけど、このままでは体力と保水力の勝負になりそうだな。
 バスはVABの近くの駐車場に停車した。先日行われたディスカバリーのVAB移動と同じところだ。見渡すとオービタ整備施設前に黒山の人だかりができているけどなんだろうか。という事でバスを降りて近づくと、まず飲食物を売っている屋台(アメリカでも屋台と言うのか?)がいくつもあった。飲み物が欲しかったが、既に人が沢山並んでいるので時間がかかりそうだ。という事で、まずは何のイベントなのかを確認することにした。まあ間違いなくアトランティスがいるのだろうけど。
 そして、いちばん人が濃い場所の先にアトランティスがいた。先ほどのトーイング取材よりも近いほどである。そうか、帰還に対するセレモニーが行われるのか。トーイング取材申し込みの用紙にそんな記載があったか覚えていないが、嬉しい誤算である。

 とりあえずシャトルを撮影しようと前に向かったら、いきなりアメリカの国歌斉唱が始まった。おお、現場で聞くのは茂木のインディカー以来だ。しかしこういった場面に本当に良く合うのがアメリカ国歌だよなあ。録音したかったが、タイミングを逸したのが悔やまれる。
 周囲には柴田を含む報道関係者と、あとは大勢のNASAの関係者だろうな。どうも一般開放ではないらしく、皆IDカードをつけている。まあ、こんなイベントを自由に開放したら、広い敷地といえども完全に人で埋まるだろうな。
 また、多くの人が小さいアメリカ国旗の「うちわ」を持っているけど、どこで手に入れたのだろうか。さっきの売店で売っていたのかな。つか、アメリカでうちわを見るとは思わなかった。なお、日本の扇子のような凝った構造ではなく、丸い厚紙に取っ手がついているだけの簡単なものだ。もしかするとイベントの最初に配ったのかもしれない。
 国歌斉唱の後は、何やら演説のようなものが行われているが、台などが無いため埋もれてしまい、更には大柄なアメリカ人に遮られてとても見えない。シャトルもその先にあるため大変な混雑になっており、写真を撮るのに苦労した。NASAの取材班だと思うが高所作業車で撮っているけど、いいなあ、あれで撮りたいなあ(笑)。
 
 シャトルを一通り撮ったあと、皆が大きな白い箱に集まっているのに気づいた。あ、水を配布しているのか。中に氷水で冷やされたペットボトルがあり、タダで飲んでいいそうである。
 これはありがたいと1本いただいて一気飲み。ああ生き返ったからもう一本…と思ったらもう空っぽ。炎天下の中だから仕方ないけど、こちらが復活するにはもう2本くらい欲しいぞ。そう思っていたら、職員によってすかさず補充されていた。これはラッキーともう1本を手に取ったらば、ちゅーと水漏れしていた。おおっ、タンクに穴が開くトラブルだ(笑)。
 弱い材質のペットボトルなので、先に手を突っ込んだ誰かの爪か指輪などにぶつかって穴があいたようだ。投入から時間が経過していないのでさほど心配ないだろうけど、冷却用の氷水が混じり込んでいるはずなのでちょっと遠慮したいところ。仕方なく、腕などの冷却用に散布することにした。んで、もう1本…あ、もう無くなっているな。残念ながら、その後の補充は行われなかった。うーむ、さっき飲んだ分なんて蒸発しちゃった感じで、なんだか干からびるのが少し先になっただけのよーな。

 さて、演説が終わってシャトル前の混雑は少し緩和されたけど、相変わらず動き回るのには大変な状態。そろそろ正午になり、太陽でじりじり焼かれて暑さも凄まじい。これはたまらないと思い、歩いて帰れるのかと職員に聞いてみたら、終わるまで待てとの話。まあここはとても楽しいからいいけど、なんだか命と引き替えにしているよーな気分。
 その時、オービタ整備施設のナンバー1の前で、いきなりパワフルな演奏と歌が始まった。これは録音ではなくて生演奏だな。
 近づいてみるとBand of the United States Air Force Reserveとあるから、空軍予備役軍団のバンドグループなのか。演奏も上手いが、ボーカル担当の女性の歌声がパワフルで凄い。
 周囲の観客もノリノリで、歌に合わせて踊り出している。まるでシャトル計画が始まったような騒ぎだけど、これはグランドファイナルのセレモニーなんだよねえ。終わったことの寂しさは、このあとじわじわとアメリカ国民にも伝わるのだろうな。そう、日本のミューファイブ打ち上げ後の内之浦もこんな感じだったっけ。

 ずっと聞いていたかったが、シャトル周辺で動きがあったので慌てて戻る。今回のミッションクルーによる記念撮影のようだ。アトランティスのノーズ前に青いつなぎを着た4人が並んで手を振っている。幸運にも最前列が確保できて無駄にいい写真が撮れてしまったけど、さて何に使おうか。
 (※記事として掲載するときに使った)
 この撮影はあっという間であったが、見ていた人達は名残惜しいのか、いろいろと工夫して写真を撮っている。中にはスペースシャトル全てのミッションマークとオービターが描かれた大きな旗を持ち込んで記念撮影をしているグループもいた。どういった関係の人達なのか判らないが、なかなか良い記念になるだろうな。

 また、STS−135の旗にメッセージなどを書き込むコーナーも設けられていて、柴田もやってみた。もっとも下手な英文を書くと後世まで残って恥ずかしいので、名前を書く程度にとどめた。つか、名前でもいいのかと思ったけど、周囲はそれらしいものでいっぱいだし、それになにより漢字で書けば何だか判らんだろう。某放送局だってウォークアウト時の旗にスーパーハイビジョンと宣伝を書き込んでいたし(笑)。
 なお、ミッションマークには重ねて書くなと注意書きがあった。ウォークアウト時の旗にはそこも書き込みでいっぱいだったから、用途が違うのではないだろうか。想像だが、VABの中に多く飾られているものと同様の扱いになるのだろう。いつか再訪して探し出してみたいね。えっ、もしアトランティスと一緒に展示されたら…って、それは怖い(笑)。

 盛り上がったイベントだったが、そろそろ終盤なのか人が減り始めている。歩いて帰っている人もいるが、その方向からして付近のビルに勤務しているのだろうか。実は打ち上げ後にもVAB内でパーティーのようなものが行われていたらしい。なかなか良い職場環境だねえ。いやまあ、その重責に対するご褒美なんだろうけど、義務よりも夢や冒険という面が強い職場で力を試せるのは羨ましい限りである。

 さて、イベントが終わる前にと動画撮影を開始。独特の雰囲気などが静止画だけでは伝わらないと感じたのだ。まだ衰えずパワフルに歌い続ける空軍のバンドを撮りつつ歩いていると、NASAマーク入りのシャツを着た、高い役職だろうと思われる人がNASA一般職員と談笑していた。何気なく撮ったけど、どうやらチャールズ・ボールデンNASA長官らしい。おおVIPだ…って事は、やはり一般の入場は制限されていたのかな。
 談笑中のボールデン長官だが、無事にミッションを終えた安堵感からか、素晴らしい笑顔であった。というか、ここにいる人達はみんな笑顔なんだよねえ。

 この撮影中に、さきほど帰れるかと聞いた職員から迎えのバスが来たと教えられた。名残惜しいような、それでも飢えと渇きで命が惜しいような微妙な気持ちである。
 んで、帰りながら覗いてみた売店は、もう殆ど売り切れているようだ。しかも見えるのは知らない食べ物ばかりで、腹が減っていてもなかなか買う勇気が持てない。また、価格の表示が無いのも不安要素。いや、もし高くてもシャトルの最後を飾る記念だと思えばいいのかもしれんし、ちょっと惜しい事をしたかな。
 (※記念グッズもあったと思うが、暑い上に空腹だったため、飲食物にしか注意が行かなかった・笑)

 ようやくニュースセンターに戻ったら、すぐに自販機に直行してコーラを買って一気飲み。ついでにチョコレートも購入して栄養源とする。しかしまさかM&M'sのチョコレートで生き返るとは思わなかったな。
 えーとこれで終わり…じゃなくて次はオリオン・カプセルの取材かあ。くじけそうだけど行かねば…

 が、集合場所にやってきた記者の数はバス1台分もいない。事前に記名したシートは他の取材と同様にいっぱいあったはずだが、どうやらみんなくじけてしまった様子だ。まあ今回はシャトルがメインで、まだ決まっていない後継機のひとつでしかないオリオン・カプセルの取材は優先度が低いんだろうなあ。
 くじけなかった柴田…とはいえ、走り出したバスの中で、外の風景を見ているうちに、いつの間にか夢の世界に入り込んでしまう…。

 はっとして起きた。いかん、ここはどこだ?
 連れていかれた場所が判らなくなると、あとで記事を書くときに大変だ。えーとえーと、あの十字路を交差しているのは405号のはずだな。ということで、どうやらまだケネディ・パークウェイ・ノースの上にいるようだ。寝たのは1分程度だろうけど、危ない危ない、気をつけねば。

 んで、バスが向かったのは宇宙飛行士のウォークアウトを行う施設の隣…だと思う。似たような建物が多いのでよく判らんのだが、大まかな位置と構造から判断してそのはずである。(※実際には…後述)
 中に入ると、衝立に貼られたロッキード・マーチンの広告でいっぱいだ。あれ、この施設はNASA所有ではないのかな。あるいはロッキード・マーチンがオリオンのために借りているのかな。なんだかよくわからないが、面白い事になりそうだ。
 それに建物の中はアメリカ伝統の強力な冷房があり、さきほどまでの灼熱サバイバル取材と比べたら天国である。
 (※何度も出てくるが、アメリカの冷房は東北の日本人にとっては強すぎる事も多い)

 建物内はいくつかの扉で区切られていて、中には放射能マークが貼られた扉もあったが、さすがにそこではなくて一番奥の広い部屋に案内された。
 いや、部屋なんてものじゃなくて物凄く広いぞ、ここは。幅は無いけど長さと高さが凄い。ちょっとした体育館よりも広くないか?
 床も天井、そして壁も白色でまとめられているのが印象的なこの部屋は、宇宙機の組み立てを行う施設で、道理で広いはずである。ふと感じた雰囲気が、筑波の施設と似た感じであるのも面白い。衛星などを組み立てる部屋はみんな似てくるのかね。
 ただし、入るのにエアシャワーなどのクリーニング作業を行わなかった。ここで組み立てられるものに関してはそれらが必要ないのか、あるいは今は宇宙関連機器が無いということで入る際の手順が省略したのかは判らない。
 (※SSMEの整備でも、手袋だけで防護服を着ていない場合があるようだ。また、シャトルに取り付ける際も特に防塵対策をしていないとか、いろいろと驚かされた。しかし宇宙飛行士が乗り込む部分の整備では、防塵対策がきちんとされていた。この「対策をするorしない」の区別が経験の差なんだろうか)
 ここで記者達はAからCのグループに振り分けられた。柴田はBグループである。おお、このグループには日本人記者が誰もいない。他のグループにはアメリカ在住の日本人記者や、明らかに日本のテレビ局らしいのもいるのだが、どうしてこーなった?

 さて、ロッキード・マーチン社の偉い人によるオリオン・カプセルの案内が始まった。しかし今、この巨大な部屋には殆ど何も入っておらず、左手に大きいシリンダーのようなもの、右手の奥に黒っぽい構造物と鉄骨を組み立てたものが見えるだけ。
 …って、ダースベイダーのヘルメットみたいな、黒い金属のあれは何だ?
 説明によると、これはオリオン・カプセルのモックアップとのこと。掲げられたポスターにはAI&P Mockup(Assembly, Integration and Production)とある。大雑把にカプセルの形をしているが、かなり初期段階の検討材料なんだろうな。
 内装も無く、かなり簡単な構造なので、頑張れば個人でも実物大模型が作れそうだ。段ボールで作ってもいい線までいきそうな気がするけど、そもそもこれはモックアップだし、さらにその模型を作ることは無いか。

 このあと隔壁の向こう側に案内されたが、ここには脱出ロケットのテストをしたときのカプセルがあった。これはかなり実物に近い構造で、計測用の機材や配線が積載されている。ただしヒートシールドなどの耐熱に関わるのものは無く、大気圏突入はできない。人も乗れないようなので、まだエンタープライズ号(シャトルの滑空試験機)の一歩手前といったところか。
 そういえばアトランティス打ち上げ時に、ニュースセンター前の広場で展示していたのは恐らくこれだな。あのときは忙しくて写真を撮っていなかったので、こうしてじっくり見て撮れるのはありがたい。
 写真を撮るためカプセルに近づくと、ハッチの枠の内側などにこっそりサインがしてあるのが見えた。技術者の茶目っ気だろうか。小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルでも似たような事があったけど、そういった楽しみがある職場はいいねえ。
 ちなみに脱出ロケットの実験だが、ちゃんとミッションマークも作られてワッペンなども配布されている。日本なら初号機までの過程の一つとして扱われるのだろうけど、ここでは一つの到達点として扱われるのだろうな。…次の到達点がいつになるか判らないから今のうちに…という事ではないと思いたい。

 隔壁の外から戻った場所では、船内活動をシミュレートする作業の説明が行われている。殆どワイヤーフレームだけのカプセルに人が入り、部品の交換作業をフレームだけの部品でやってみるもの。それらはモーションキャプチャで読み取られ、コンピュータグラフィックスとして表示されている。
 これはカプセル内部で部品交換が必要になった場合に、ちゃんと手が届くか、あるいは他の機器と干渉しないかなどを検討するもののようだ。
 これは一番力が入っていて、システムを稼働させているだけでなく、宇宙飛行士に見立てた職員を使ってデモンストレーションまでやっている。
 これはゲーム機Xbox360のオプションであるキネクトの精度を桁違いに上げたようなもので、人の動きをコンピューターで読み取る点では同じ。ただしキネクトは人体側に何も必要としないが、こちらは投射された赤外線を体に貼り付けた反射材(マーカー)で反射してカメラで検出する…ようである。さすがに説明をすべて聞き取れるほど英語が堪能ではない。とはいえ多くの赤いライトに照らされた現場なので、こういった推測も容易いが。
 ちなみにコンピュータ側に人を認識させるキャリブレーションもちゃんと必要で、立って両手を横に広げたポーズがそれである。キネクトのガッツポーズとはちょっと違うのが面白い。この調整がずれた場合、CG上で二人が妙な格好で重なるなどの異常も見られた。精度が求められるので、かなり厳密な調整が必要なのかな。

 やたら力が入ったプロモーションだったが、記者達全員が徹夜明けのへろへろ状態で、しかも半数が脱落していたのが申し訳ないほどであった(笑)。
 (※使用されているアプリケーションのひとつはDELMIA V5のようだった。これは工場などの作業現場をシミュレーションする時などに使われるコンピュータープログラムである。日本にも代理店があるので、製造現場を管理する立場の人は触れたことがあるかもしれない。宇宙専用の特注プログラムでなかったのは意外だが、予算がいくらあっても足りない宇宙開発では、削れるところは削ることになるのは当然か。もちろん独自の変更が加えられている可能性や、記者に見せてもいいように専用プログラムを表に出さなかった可能性もある)

 最後に見せられたのは、巨大なシリンダーのような円筒が二つ並んだ施設である。円筒の外側は足場のようなものらしく、宇宙船の外壁ではない。天井にはドーム型の蓋がしてあり、入り口のドアの形状からして、減圧ができるように作られているようだ。…中を完全に真空にするためには、どうもドアの密閉ができない感じがして無理っぽいんだよね。
 向かって右側の円筒内部に入ると、宇宙船のパーツらしきものが取り付けられている。ただし、まだ外観を形作るまでには至っておらず、どういったものになるのか判らない。この円筒の形状から想像できるのは、カプセルのテスト施設だろうということだけど、説明版も何も無いのでよくわからなかった。
 (※後にネットで調べたところ、この円筒はO&C Altitude Chamberと呼ばれているもので、250,000フィートの高度を再現できる装置であった。アポロ計画のために建造され、高空環境での試験が行われている。アポロ計画終了と共にいったん役目を終えていたが、ISS計画のテストのために復活し、そして今も使われているようだ。ちなみに柴田が入った右側のものはChamber L [East Chamber]と呼ばれていることから、実際には「左側」の装置という事になるようだ。つまり柴田は後ろから見た訳だな。後で知ったが、以前にオバマ大統領がこの円筒の前で演説している。それからこの施設はウォークアウトを行う建物でもあるようだ。柴田は隣の施設だと思っていたのだが、実際には入ってみたい建物の中に、知らずに入っていたようだ。なんてこった・笑)

 ところで取材申込書のタイトルにはオリオン(Orion)カプセルとあったが、ここではMPCV(Multi-Purpose Crew Vehicle)という名称も併用されている。当初の月や火星探査計画から、ISSからの緊急帰還用に計画変更された関係だろうけど、MPCVのポスターにも月や火星が描かれていて、まだやる気満々のようだ。

 そう、このオリオン・カプセルは、いちど中止された計画を諸事情で復活させたものである。今日までのところカプセルの飛行実績はまだ無くて、先端に取り付けられる脱出ロケットのテストが行われたぐらいの段階だ。まあ予算や計画がころころ変わると、なかなか開発が進まないだろうとは想像できる。
 しかしいったん中止が決まっても復活があり得ると考えたのかは判らないが、完全に解散していなかったのは良い判断だったのだろう。もし最初からオリオンの計画をやり直そうという事態になっていたら、全く別の物を最初から造るに等しい事態になっていただろうな。資料は残っても現場での技術が残らないという問題もきちんと判っているのだろう。こういった開発や技術の継続が、アメリカの宇宙開発の底力なのかもしれない。
 もっとも、シャトルの後継機開発が難航しているのも確かだけど…。
 
 オリオン・カプセルは、人が乗り込むクルーモジュールの他に、ロケットエンジンなどを含むサービスモジュールや、脱出ロケットなども含めた一つのシステムになっている。今のところクルーモジュールや脱出ロケットがテストされているが、サービスモジュールやロケットとの結合部分なども開発しないと宇宙飛行ができない事から、そちらの開発がどうなっているか気になるところだ。ちなみにここには無いようだ。
 また、打ち上げロケットは新型のアレスIが予定されていたが、1段目のみのテスト飛行を行った後にあえなく開発中止になった。このため、オリオン・カプセルの打ち上げ方法も含めて今後どうなっていくのかは判らない。
 ちなみにアレスIは、1段目がシャトルのSRBを1本だけ使うもので、液体燃料を使う2段目よりも細く、しかも全高が100メートル近いという、見た目に怖いロケット。
それが中止されたあとに、さらに巨大なアレスVの変更版であるSLSに搭載する形になって計画が復活してきたが、このまま進むかは不明。
 なお、オリオン・カプセルの方だが、デルタ4ロケットを使った無人のテストフライトをするといった話も聞こえてきている。デルタ4で済むなら新型はいらないのではと思われるかもしれないが、有人飛行の場合はそれに対応したロケットが必要らしい。テスト飛行と本番が別のロケットということになるが、新型ロケット(SLS)の完成を待っていたらいつになるか判らないからなあ。
(※SLS:Space Launch Systemのこと。色がアレスVとちょっと違うが、機体構成は大体同じというやつ。外側の塗装を省略するとアレスVやアレスIVと大差ないかも。また、中止されたアレスIも、上段にアリアンVを持ってくるという大胆な変更をしてまた進められているようだ。ATK社のLibertyというロケットであるが、前案のアレスIより2段目が大型化しているようなので、1段目より2段目の方が大きいという、見た目の恐さも倍増しているかも…)

 これに対して、先日見たドラゴン・カプセルは、打ち上げロケットのファルコン9と共に開発が進んでいて飛行実験も始まっている。また、ボーイングも独自のカプセル案を発表していて、企業の規模からすれば独自に開発が進んでいてもおかしくない。
 順調に見えるそれら同業他社に対し、こちらはあまり進んでいない感じだ。まあ、シャトルの後継機として大々的に開発を始めた当初よりも、確実に予算か減っているだろうしなあ。
 この記者を現場に集めた説明会も、計画の知名度を高めて開発予算をもっと大きくしたい思惑があったのかもしれない。

 うーむ、日本でも回収可能な無人カプセルとしてHTV−Rの計画が持ち上がっているし、なかなか大変な開発レースになりそうだ。しかも当面はISSへのドッキングが目的になるだろうから、その運用が終わる前に開発を終了しなければならない。行き先が無くなったら予算どころではないし、そりゃあ焦る訳か。
 そういえば、ISSの次世代機などというものがあまり期待できない今、有人宇宙機の次の目的地は何になるだろうか。カプセルの単独地球周回飛行というのも、既に目的にはしにくい時代だろうし。
 もしかすると「往復できる機体があるから、次のISSを打ち上げよう」…という計画になっていくのかね。未来のことなど判らないけど、公共工事としての宇宙開発ならばそういった流れになるのかもしれない。いつか宇宙に行ってみたい身としては、宇宙空間に寝泊まりする場所があるのは心強いけど、研究面での宇宙開発と、そろそろ本格化してきた観光面からの宇宙開発とは別に考えないといけない。できることならリソースと資金の食い合いというのは避けてほしいねえ。まあ、両方が一緒に進化すれば最良なんだろうけど。

 オリオンカプセルの取材を終えると、本日のメインとなるものは終了。疲れ果ててニュースセンターで休んでいたら18時を過ぎてしまった。広報の人も一部は帰ってしまっているが、閉鎖の追い出しが無いので、これから何かあるのかもしれない。シャトルの模型の前でインタビューの準備をしている報道関係者がいたけど、そのせいかな。これの見学…なんて勝手に同業他社の内容を伝える訳にいかないから遠慮しておこう。
 それにまあ、これ以上はもう体力が持たないのでホテルに帰ることにする。柴田の取材バッジはSTS−135のミッションエンドまでなので、確かにこれでおしまいだ。
 とりあえずニュースセンター周辺の風景をいくつか撮って車に乗り込む。うーむ、シャトル計画の後が不明なだけに、また来る日がいつになるか判らんからなあ。

 名残惜しいがケネディ宇宙センターを後にし、ウォルマートで夕飯を買ってホテルに戻った。もちろん体力の限界で、食ったらすぐ爆睡してしまう。






着陸取材。レッドバッジが取れなかったので隅っこに押しやられた。



似たような境遇の記者でいっぱい



前の空きはNASA関係者が入ったので見通しが悪くなった。



着陸。サーチライトがあるとはいえ、真っ暗に近い中での流し撮りなんて高度すぎる。



しかも着陸の撮影は初めてなのだ。最初で最後の撮影がこんな高難易度でいいのか。



感度を51200にして撮影。流し撮りの影響か手前の電柱が透けた。



着陸してすぐに夜が明け始めた。地球をもう一周してくれれば明るかったのにと、ダイナミックな文句を言う。



管制塔と観覧席。今後は博物館への離陸程度で宇宙機の着陸には使わないだろうねえ。



ニュースセンターに戻って夜明けとなる。この明るさがあれば…と思うところありおりはべりいまそかり



39A発射台とターニングベイシンの日の出



シャトルの整備施設入りのため、路面を掃除する車



滑走路から記者達の待つ場所まで2キロメートル程度ある。



文字通り歩く速度でアトランティスが近づいてきた



みんな暑いのでシャトルの機体に隠れて歩いている。



機首の姿勢制御システムがそのままなのでシャトルらしい



さすがにこの距離では機体の音などは聞こえない。後ろの機械を積んだ車と、周囲の記者の方がうるさいし。



シャトルの終焉は、関係者と報道の前で行われたという事になるのかな。



SSMEはもう再利用しないのだろうか。



軌道制御と姿勢制御システム。タイルの傷のようなものは運用中のものか、それとも赤いタグをつけるときについたのか。



SSMEだが、そういえば大気圏突入で溶けないものだなと感心する。



遠ざかっていく…のだが、記者の帰り道の上を通るのでしばらくバスで待たされる。暑くて干上がりそうだった。



終わったかと思ったら、帰還イベントに参加させられた。もちろん強制参加だ(笑)



最後のクルーによる挨拶



最後のクルーとアトランティス



アトランティスを展示



くうぐん!



band of the United States Air force Reserve と書かれている。



これが意外にいい感じの演奏なのよ。



ロッキード・マーチンによるオリオン・カプセルの説明会。報道各社半数が眠気で脱落済み。



アポロ時代からの施設である。



半数以上の記者が眠気と暑さで脱落したのに、ロッキード・マーチンは偉い人多数。申し訳ない。



ダースベイダー…ではなく、オリオンのモックアップ



脱出ロケットのテストに使われたモデル



機内の設計をシミュレートするもの。キャリブレーションの儀式。



部品交換のデモンストレーション中



デルミアV5で処理。ただしダミーかもしれない。



高空チャンバー。O&C Altitude Chambe。250,000フィートの高度を再現できる。



1966年に造られ、アポロ計画で使われた。ソユーズ・アポロ後に廃止(1975)されるも、ISSで復活(1998)



高空チャンバーの上部。アポロ時代には三角錐がこの上から頭を出していたようだ。



ETの運搬船。今後の去就は?



ETの陸上移動用。転用は無理か。放置中。





翌日に進む


打ち上げ
2011年7月5日 まず都内へ出発
2011年7月6日 三度目のフロリダ
2011年7月7日 RSS開放予定日
2011年7月8日 STS−135・アトランティス打ち上げ日
2011年7月9日 オーランド
2011年7月10日 オーランドからタイタスビルへ
2011年7月11日 休みの日
2011年7月12日 警察博物館
2011年7月13日 ディスカバリー号との再会
2011年7月14日 ビジターコンプレックス
2011年7月15日〜16日 オーランドから日本へ

着陸
2011年7月18日 また東京へ
2011年7月20日 アトランティス帰還予定前日
2011年7月21日 スペースシャトル最後の着陸
2011年7月22日 休養日のはずが観光日になる
2011年7月23日 ケネディ宇宙センター見学ツアー
2011年7月24日〜25日 帰国

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