柴田さんのSTS−135取材 スペースシャトル最後のフライト
2011年7月8日 STS−135・アトランティス打ち上げ日 打ち上げが午前中に行われるということは、各種イベントがかなり早い時間帯に行われることになる。例えば宇宙飛行士がシャトルに向けて出発する、「ウォークアウト」というイベントは午前7時過ぎなのだが、これに参加する記者達は午前6時15分にバス乗り場に集まるように指示されている。という事は、早めに並ぶ記者達に対抗するには午前4時頃にホテルを出ないと間に合わないな。それどころか現場に居残っている記者達も多いだろうから、既に並んでいる可能性すらある。 そのためホテルを出る時間帯が早くなるのは仕方ないとして、今日でチェックアウトしなければならないのが痛いなあ。全日程をここのホテルで過ごすならば、使わない荷物を置いておくことも可能だが、それら全てを車に積み込んで出発しなくてならない。とはいえ、ケネディ宇宙センターに近いここらのホテルは、軒並み宿泊費が信じられないレベルにまで跳ね上がっている。今日明日ぐらいは遠方でも安いホテルに移動しないとたまったもんじゃない。 まだホテルの客室全体が寝静まっていそうな中でチェックアウトしようとしたのだが、フロント入り口の扉に鍵がかかっている? 24時間営業のはずなのに、これは一体どうしたことだと慌てる。いろいろ建物を探索した結果、裏口が開いていたので大塚さんがそこから入って交渉。英語が苦手な柴田は陰から精神的に応援する。 大塚さんによると、玄関脇にチャイムがあるから、それを鳴らせばいいだけ…って、このでっかい玄関に不釣り合いなほど小さいこのボタンがそうなの? いまどき日本に一般家庭ですら見ないだろーという、レトロ風味な小さいボタンがそっと隠れるように設置してあった。柱と色が同化しかけているほど古い。これはすぐ気がつく方がどうかしていると思うぞ? という事で無事にチェックアウトして出発する。夜明け前で空が真っ暗な中、3号線(ノース・コートネイ・パークウェイからケネディ・パークウェイ・ノース)を北上しているのだが、なんだか異様に車が多い。打ち上げ日だから関係者の通勤も多いとは思うが、もしかすると、これって殆どが報道関係者とtweetupの参加者ではないだろうか。そして報道関係者ですら凄まじい数が押し寄せているんじゃあ… 自分で言いつつも、さすがに冗談だと思っていたのだが、報道の駐車場に入る車が大渋滞を起こしていて、本当にそうなのだと判った。tweetup参加者はVAB近くの別の駐車場を使っているので、こちらは報道関係者が殆どのはずである。なるほど、さすが一般見学者だけでも何十万人も周辺各地に押し寄せている打ち上げだけに、報道の数も半端ではないようだな。もちろん職員の通勤もあるのだろうけど、それ以上に報道やtweetup参加者が多い感じ。 このため、いつもの駐車場に既に空きは無く、隣の芝生に設定された臨時駐車場に置けと指示される。そこにも既にかなりの数の車が駐車しており、こりゃあ凄いイベントになるなあ。これだけ報道が集まるのは、シャトルの初飛行や事故後の飛行再開など、節目となったフライト以来のことだろう。 取材道具を持ってニュースセンターに入ると、幸いにも昨日と同じ机が確保できた。これの有無でかなり効率が違うから助かる。今回は報道が入る建物が分散しているので、ここだけに集中する訳ではないようだ。ちなみにアメリカの大手報道機関は独自の建物を持っているか、あるいはトレーラーハウスやプレハブ小屋を設置している。 また、日本の報道関係者は何故かニュースセンター近くにある別の建物に集中しているらしい。最新情報や宇宙飛行士の来訪はニュースセンターの方が多いのになんでだろ? まあ各社の思惑はよく知らないが、取材対象は殆ど同じ。こちらはウォークアウトの順番待ちのために三脚をバス乗り場に置いてきた。もっとも、こういった順番待ちがどれだけ通用するか不明だけど…。 不安は的中した。しばらくニュースセンターで状況を見てからウォークアウトのバス乗り場に行ったのだが、やはり三脚や脚立を置くことによる順序という伝統(笑)を守っていない人が多い。 (※伝統:柴田はSTS−133しか知らないけどな・笑) それどころかウォークアウトの取材登録すらしていない記者もいて、こりゃあ、どーなるやら。一応、登録していない記者は後発のバスに乗れと指示は出ていたが、その確認をしていないので紛れ込む人の方が多そうである。 このように多少の混乱はあったが、そのあとはいつもの犬による危険物チェックが行われた後に、バスに乗り込む事が許可された。しかしやはり人数が多すぎて、柴田が乗れたのは2台目のバスになってしまった。ウォークアウトは場所の確保が写真の出来を大きく左右するだけに、いきなり難しいことになってしまったぞ。 記者達を乗せたバスはVABに向かう数多くの車とは逆方向に南下し、宇宙飛行士が滞在しているビルに到着した。1台目のバスはもう到着しているので、撮影場所の争奪戦はもう終わっているのか…と思ったが、さすがにNASAの職員が最初のバスに乗っていた記者を抑えていたようで、こちらが到着した時から場所の争奪戦がスタート。体の大きいアメリカ人記者達に翻弄されつつ、なんとか前回STS−133の時とほぼ同じ場所を確保することができた。 …と言う事は、またここかーっ! ここは宇宙飛行士が出発する玄関の正面で、ちょうど2本の柱が立っている真ん中だ。宇宙飛行士が出てくる瞬間が判る位置でもあるが、難点としてはNASA−TVのクルーが前にいて写りこむことと、柱が邪魔で全体を写すのが困難なことがある。まあ前回と同じなら対処方法も同じでいいな。宇宙飛行士が出てきたところは暗くて撮影の難易度が高いから、主にアストロバンの前で立ち止まった時を狙って撮る…かな。 という事で、周囲の記者達と一緒に必死にカメラの設定と確認をしていたのだが、柱の前にいた職員が茶目っ気を出し、宇宙飛行士がアストロバンの前に立つ様子を実演してくれた。おお、設定を確認するためにはありがたい。 たった一人ながらも、アストロバンの前まで歩きつつ軽く手を振ってウォークアウトの光景を再現してくれた職員さんは、ひゅーひゅーとはやし立てるアメリカ人記者の声に調子に乗ったのか、更にアストロバンのドアをノックして開けさせた。しかしこれは、どうも不用意に開けてはいけないらしく、中の警備の人に睨まれてしまい、そそくさと退散することになる。本人は苦笑いだが、周囲は大笑いであった。いやあグッジョブである。 そんな楽しい事をしているうちに時間が過ぎ、まずヘルメットのケースのような荷物(生命維持装置らしいが、袋に入っているので詳細は不明)を持った人達がアストロバンに乗り込み、続いていよいよ宇宙飛行士が建物から出てきた。今回は4人と少ないので、いつもよりもさらにシャッターチャンスが少ない。単純に連写するだけでなく、どう動くかを予測しつつの撮影であったが、最後のフライトという事もあってか、立ち止まって声援に応えている時間が長く、撮影する方としては助かった。 今回アトランティスに乗り込むクルーは、クリストファー・ファーガソン、ダグラス・ハーリー、レックス・ウォルハイム、サンドラ・マグナスの4人となっている。若田さんに聞いたのだが、この4人にするか、あるいは緊急時の脱出を考慮して3人にするかで、かなり議論があったそうだ。 クルーが3人の場合は、シャトルに問題が出てソユーズで帰還する事態では有利だが、問題が無い場合には国際宇宙ステーションでの作業が多忙を極めるため、それらの余裕を考慮して4人になったらしい。 また、通常はシャトルに座席が7つあるのだが、今回は不要な分を取り外して軽量化しているとのこと。うーむ、こっそり乗り込むのは不可能だったか(※やりません・笑)。 そしてアストロバンに乗り込んだ4人の宇宙飛行士は、あっというまに出発していった。 もうこの光景を見ることができないと思うと、寂しい感じがするね。新型宇宙船が就航すれば復活するだろうけど、いつになるかまだ判らないからなあ。 このあと、女性カメラマン二人がアトランティスを応援する横断幕の前で記念撮影を行っていた。あれはどういった関係の人なのかな。一般記者はその手前で規制されているので、何らかの関係者だとは思うけど、ちょっと羨ましい。 (※NASAと契約した専属カメラマンか、あるいはシャトルクルーの家族や関係者、そしてNASA職員などといった可能性がある) さて、バスに戻る指示が出て、乗り込むとすぐにニュースセンターに向け走り出した。しかし、あと少しという所で渋滞に引っかかり、30分近くもVAB前の路上で待たされる。構内でこれだけ混むということは、一般見学の人達はどうなっているのだろうか。 ちなみに一般の見学者数だが、75万人とか100万人超という報道があった。確かに山など遮るものが無い平野で、かなり広い範囲で打ち上げを見ることができるから、この人数が集まる事も可能だろう。後で知ったが、射点から約20キロメートルも離れた「宇宙飛行士の殿堂館」でさえ大勢の見物人であふれていたそうである。ケネディ宇宙センター周辺の橋も人で埋まっていたから、打ち上げ前後は身動きができない状態だったのではないだろうか。なんだか日本のミューファイブ・ロケットの最終打ち上げを思い出すが、あれよりはるかに見物人が多いんだよねえ。 とはいえ、100万人なんて誰がどうやって数えたのかが不思議でもある。主催者発表…という訳でもないだろうけど、交通量などからの推測なのかな。まあ日本より打ち上げ機会が多いので、そういった数の扱いに慣れているのかもしれない。 ニュースセンターに戻ったら、いよいよ打ち上げ撮影に向けた準備だ。三脚を抱えてプレスサイトで撮影ポイントを探してみたが、既に殆どの場所が確保されていて、なかなか良い場所が無い。打ち上がってしまえばどこでも一緒なのだが、撮影機材の関係で射点の下部が見える場所を確保したいのだ。そして、そういった場所はそう多くはないのよね。人がいない場所は、射点との間に灌木があって見えにくいなど、何らかの問題がある。 星条旗とシャトルというお約束な写真が撮れる場所は、更に人気が高くて、とても場所を確保できそうにない。いやまあ無理にでも紛れ込む事は可能だけど、こちらの機材ではいい映像にならないだろうなと判断した事もあってパスする。 どうしたものかと思っていたのだが、隅っこの方にたまたま誰もいない場所があったので、すかさずそこを確保する。カウントダウンクロックから150メートルほど東に行ったところだ。STS−133の時に撮影した場所とは70メートルくらい離れているけど、見え方は大体同じである。 ちなみに、さらに左側の奥では、規制テープを張って大規模な撮影機材が設置されている。この周囲にいるテレビクルーが日本人らしく、しかもSTS−134のときにニコニコ動画で見たのと同様の機器からして某国営放送かな。そうするとスーパーハイビジョンによる撮影というやつか? 前回のSTS−134の時にもこのカメラで撮っていたらしいが、あの時は残念ながらすぐ雲に突入したので、今度こそ青空の打ち上げを撮りたいのかもしれない。しかし快晴だったSTS−133で撮っていれば問題なかったと思うが、今回も難しいぞお。 そう、多少の晴れ間はあれど雲が無くなるような天候ではない。恐らく今回もシャトルは打ち上げ後に、すぐに雲に突っ込んでしまうだろう。打ち上げに支障のない高さの雲とはいえ、撮影するならやっぱり青空がいいのだがなあ。 しかも気温と湿度が高いので、3マイル先のアトランティスが陽炎でゆらゆら揺れて見える。肉眼なら問題ない程度だが、柴田の使う750ミリズームレンズになるとさすがに無視出来ない。対策はもう天に祈る程度しか無いのだが、この湿った空気が吹き払われるような風というのも問題が多いなあ。 射点近くにリモートカメラを置けるならいろいろ解決できるのだが、そういった機材の準備ができなかった。音響をトリガにした撮影装置というのも、経験が無いとどの程度で反応させたらいいか判らない。これから試そうにも、シャトルは今回が最終フライトだからねえ。 (※前回、STS−133を取材した時に聞いたのだが、リモートカメラは音でシャッターを作動させるタイプが主流とのこと。光は誤動作が多く、時計は延期に対応できないため。なお、これを知った宇宙飛行士が、ジェット練習機の爆音をわざと叩きつけ、それらカメラを軒並み誤動作させたという笑い話が…笑えんわい) この曇りという天候は、広角レンズでの撮影にも問題が出る。シャトルの噴射煙と背景の雲が重なって目立たなくなってしまうのだ。白っぽいもの同士の組み合わせでは当然予想される事である。記録というよりは演出上の問題だが、できれば白(噴射煙)と青(空の色)の組み合わせがいいんだけどなあ。 まあシャトル撮影は経験不足もいいところだけど、幸か不幸か曇った中でのロケット撮影は種子島でやたらと経験があるんだよな。曇り空への打ち上げは、SRB分離などの遠景は無視していい。そう、打ち上がって1分以内が勝負だね。 という事で、今回は750ミリズームによるシャトル撮影が最優先で、その他の広角レンズのカメラは二の次にしようと決めた。 その撮影だが、今回の撮影場所は射点設備にシャトルが隠れているので、カウントゼロと同時に連写をしてはいけない。一般の見学場所の中には、発射台のかなり下の方まで見える場所があったが、報道の位置ではそうなってしまう。 最高速の連写のときにシャトルが射点設備の陰になってしまった前回STS−133の反省から、エンジンが点火しても手動で撮影し、上昇して全体が見え始めてから連写に移行すると自分に言い聞かせて、スイッチの押し方を事前に練習してみた。 ビデオカメラは先行して録画ボタンを押してしまえばいいのだが、連写枚数に限りがある一眼レフでは注意が必要だ。頭で判っていても、本番で慌ててしまう可能性が高いから練習は必要である。 広角レンズのカメラは、先にも書いたが雲が多くて画像の出来に期待できないので、メモリの続く限り連写ができる低速での連写を選択した。これだけ広角なら、ちょっと間が開いていても問題はない。逆に高倍率のズームで低速連写をしようものなら、1枚目を撮った次の瞬間に、シャトルがフレームから飛び出してしまうかもしれない。 こうやって一歩ずつロケット撮影のコツを覚えていくのだが、もう最終飛行なんだよなあ。初めてここで見たのがディスカバリーの最終打ち上げで、今回は30年間も続いたシャトル計画の最後の打ち上げなのだ。入学式の翌日に卒業式が来たような感じだな。 この場所の後方には、階段状の見学場所が設置されている。あまり高くはないが、車の屋根に登るよりは楽だし、地面に立つより見通しがいい。この高い位置で撮影できれば嬉しいのだが、これはtweetup参加者などのために設置されているのだろう。他の報道関係者も近寄っていないことから、そうではないかと推測している。 ここにも沢山の見物人がいるのだが、持ち込んでいるノートパソコンが凄く大きい。柴田は持ち運びをするために、軽くて小さいB5サイズを選択するが、皆さんは平気でA4ワイドなどの大型機を持ってきている。つか、人のサイズがでっかいから錯覚しているだけで、もしかするとB4くらいはあるんじゃないのか? そういえば飛行機に乗るときでも、そういった大きいノートパソコンを持ち込んでいたなあ。柴田は1.5キログラムを超えるノートパソコンは重く感じるので嫌だけど、あんな2キログラム以上もあるシロモノを持ち歩くとは、もしかして体力が違うのか?。 これはアメリカの記者達にも言えることで、彼等のノートパソコンは、大抵は大型機種である。あの大きさのものは、やたら性能が高いか、あるいは価格が安いモデルが多いはずだ。日本人ならば持ち運びはせずに家で使うだろう。 ここでは柴田の12.1インチ液晶のThinkPad X61なんぞは、まるでタブレット端末のようだ。彼等にとってこのサイズは、きっと小さくてキーが打ちにくいとか言われてしまうのだろうな。もっともアップル社のiPadくらいなら更に丁度いいんだけど、処理させるデータ量が多すぎるのでいろいろと性能が足りず、もう少し進化を待ちたいところ。 そう、動画の編集など、CPUの性能が高いほどいいという事情もあり、コンパクトという事が最良の選択肢でもなくなっている。まあカメラが軽ければパソコンが重くても平気なんだが、柴田の場合は撮影がメインだしなあ。さて、どうしようかね…なんて考えている場合ではなかった。打ち上げまで時間がもう無いのだ。カメラの設定の再確認と、操作のリハーサルをやらねば。 カメラを設定しながら思ったのだが、ロケットの打ち上げというと延期が怖い。とにかく火を噴いて飛び上がるまで信用してはいけない。しかし今回は雷雨などの要因があったにもかかわらずここまで頑としてスケジュールを守っている。何か、今日打ち上げたいというバイアスがかかっているのかな。今日打ち上げれば、帰還日がアポロ11号が月面着陸した7月20日と重なるという思惑があるらしいけど、シャトルは単独でも歴史に残る計画なんだから、他の計画の相乗りなんてしなくてもいいと思うがなあ。それともやっぱりいろいろと無理があった計画だったから、他の記念日と重ねたいと思っているのかなあ。 (※着陸日は、軌道上での作業などの都合で7月21日に延期された) そしていよいよ打ち上げ時間になった……あれっ、何も起こらないぞ? 何が起こっているのかをtwitterで確認しよう…あーっ駄目だ、回線が混んでいて更新できない。 コンピュータの問題で打ち上げが遅れたSTS−133の時もそうだったのだが、この時間になると携帯電話などのデータ通信速度ががくっと落ちる。シャトルに問題が出ればなおさらだ。今回は特に通信速度が落ちるというより止まるといった感じで、状況がつかめない。 よく判らんが、がっかりする声が聞こえないところから、恐らく遅延で済んでいるのだろうと判断。それに、周囲のテレビレポーターが落ち着いてリハーサルを繰り返しているし、ちょっと遅れるだけで打ち上げは行われるだろう。…ウインドウがあと5分も無いけどな。 後で知ったが、タンクに酸化剤を供給する装置に何らかのトラブルが出て、2分程度の延期があったとのこと。原因は違えど、STS−133の時と同様に直前までドキドキさせてくれるなあ。こちらとしては、毎回そんな事態に遭遇したいとは思わないのだが…。 とにかく待つしかない。カメラのリモコンを握ったまま、その時を待つ。 そして午前11時29分(EDT)、物凄い歓声と共にシャトルの底辺から噴射煙が沸き上がった! カメラを最速連写にしたいのをぐっとこらえ、少し上昇して射点設備から出るのを待ってから連写モードに移行する。途中、何か間違えたのかシャッターが引っかかって止まったけど、その後はなんとか作動してシャトルを追跡している。今回は多少はマシに撮れたかな? という事で、上昇中にアングルを変えてみた。どうせ普通の画像なんて万単位もの数のカメラが追いかけていからね。 このとばっちりで、一眼の上に直接搭載していたビデオカメラの画像が横方向にすっ飛ぶ。しかも一眼の向きを合わせるために左右に振ったものだから、きっと悲惨なことになっているぞ。まあこちらは動画撮影に比重を置いていないからいいけど、もしテレビ局のカメラマンだったら泣くだろーなあ。 シャトルは上昇を続けているが、残念ながら高いところで空を覆う雲に飛び込んでしまった。場所によっては青空も覗いていたのだが、ここからはもうシャトルを見ることはできなかった。 かわりに撮影の手を休めて豪快な音を楽しむことができたのは、もしかしたら最高の贅沢だったかもしれない。今回は雲で反射した音も加わったのか、STS−133よりも更に迫力があった気がする。ああそうか、この音ともお別れなのかあ。 しかし、たとえ雲に隠れても、最後にここでシャトルを見送る事ができて本当に良かった。あとは無事に任務を終えて帰ってくる事を祈るのみ。 最後のおつかい、いってらっしゃい。 ところで今回は、コンパクトデジカメを横方向に向けて動画撮影をしていた。居並ぶ記者達やtweetupに参加しているアメリカ人の、打ち上げ時の様子を撮るためだ。よくある撮影方法だが、柴田が試みるのは初めてである。これは予備として持ってきた古いコンパクトデジカメで、ズームが3倍までしか無いのと、撮影素子がCCDなのでロケットの明るい炎でスミアが発生してしまうため、それならばと思った撮影方法である。 そしてそれに写っていたのは、打ち上げの瞬間にシャトルに背を向けて実況するアナウンサーの姿だった。そう、殆ど打ち上げを見ずに職務を全うしているのだ。このプロ根性には脱帽するしかない。俺だったら実況なんぞ忘れて打ち上げを見続けてしまうぞ。もっとも背後をちょこちょこ確認しながらの実況になるのは仕方あるまい。 しかしこれは、メインのコンデジが不具合を出しかけていたため、念のためにと持ってきた古い予備機だ。このため画質が悪く、せっかく撮ったこの画像もあまり使い道が無かった。最後の打ち上げなんだから、もっといい機種を持ってくれば良かったねえ。 ちなみに現地記者の中には4方向全てを同時に撮影できる一眼レフを自作して持ち込む人もいる。これは伸縮するポールの上に4台の一眼レフがぐるりと各方向を向いて設置されている。鉄道に詳しい人なら、線路のポイントに設置された「転てつ器標識」の発光部分に似ていると言えば判る…かもしれない(※普通の人は、かえって判らないかも・笑)。 シャッターは一つのスイッチから4台に分配されている。そして、その撮影速度が異様に速かったのを覚えている。 レンズは恐らく広角で、撮った画像を並べると360度切れ目無しのパノラマ写真になるはず。これなら打ち上げの様子とそれを見守る人々を同時に撮影できて、しかも撮影時の向きに神経質になる事も無いのだろう。 素晴らしい改造カメラだが、ひとつだけ解せないのが、4台がニコンとキヤノンの混合で統一されていないこと。取得する画像に差が出ないのかと心配になる。 さて打ち上げが終わったらすぐに画像を日本に送らなければならない。慌てて三脚を片付けていると、周囲の記者に「すげー汗かいてるぜ」と言われる。そういえば忘れていたけれど、湿地帯の中にあるケネディ宇宙センターは蚊が多いので、せめてもの対策にと長袖の服で撮影していたんだっけ。このくそ暑い中で長袖なんぞ着ていれば、そりゃあ汗まみれになる訳である。もっともそう言った記者達も、Tシャツの色が変わって見えるほど汗だくなんだけど。 ちなみに今回もボーイング印のミネラルウォーターが配布されていたので、それを飲んでいた。熱中症などに対する予防措置だけど、確かにこの混雑では熱中症で倒れても救急車がなかなか来られないだろうし、ありがたいことである。 このボーイング印のボトルなどというのは珍しいのでお土産にしたいところだが、このペットボトルの材質が恐ろしいほど弱く、簡単に穴が開くので持ち帰れない。ちょっと固めのビニール袋みたいなものだ。2月の時は中身を捨てて持ち帰ったりもしたが、この蒸し暑い今回はさすがに捨てる余裕は無く、全部飲んでしまった。 片付けが終わったら、ニュースセンターに飛び込んでカメラからデータを抜き出し、その中から使えるものを選択して日本に送付した。それらに使わなかったものの中から、良いものをtwitterなどに投稿してみた。その反応から言うと、twitterに投稿した画像の方が良かったかもしれないという結果になる。 この辺りは自分の感覚と見たいと思う人たちのギャップというか、まあまだ柴田も勉強が足りないなあと思うところ。良いと思って撮った写真が、他の人にとっても良いものであるべきなのだ。いやまあロケットという難しい被写体が相手では、それは遠い道のりかもしれんが、前に進む努力は忘れないようにしなければならない。 ところで大混雑しているネット環境だが、たった数枚の写真付きメールを送付するだけで30分もかかった。撮影した原本のデータだと大きすぎるので、小さくリサイズしているにもかかわらずである。 それでも全く送れなかったSTS−133の時より何倍もマシだ。あの時はサーバーにすらたどり着けなかったからなあ。今回うまくいったのは、レンタルしたルーターの威力で、このためだけに持ってきたようなものだから、既に元を取った気分である。 しかしネットが無く、カメラもフィルム式だった時代の記者達はどうやっていたのだろうか。当時の機器から想像すると、気が遠くなるような努力が必要だったはずだなあ。 このあとの記者会見だが、メールの送信に時間がかかりすぎた事もあって、開始時間には間に合わなかった。とりあえず撮影だけはしておこうと、遅まきながら会見の最中に行ってみる。会場はニュースセンターの隣の建物である。 建物の中に入ると、やはり出遅れた記者達が廊下にまであふれている。まあこれならかえって中に入らずに写真が撮れるので気が楽かも。一旦中に入ると、途中で抜け出すのは大変だからねえ。 という訳で、横から会見の様子をいくつか撮って一時退却。会見終了後にもう一度行って、いつもは正面からしか見えない雛壇を後ろから撮ってみた。あの冷静かつユーモアあふれる会見の陰には、どんなバックアップ体制があるのかと興味があったのだ。 んで、そこにはモニタがぽつんぽつんと埋め込まれている。もちろん記者側からは見えないのだが、映し出されていたのはあんちょこ…ではなく、NASA−TVの録画放送のようだった。会見中に何が映されていたかは不明だけど、テキストなどを映し出すには解像度が足りない感じ。よほど大きく書けば見えるだろうけど、どうなのかな。 という事で、恐らく登壇者は持ち込んだ資料だけで対応しているのではないかなと想像する。まあ、この国での話術は、それこそ基礎的な能力の一つだろうから当然か。 それらが終わると、今度はニュースセンターで在庫一掃とばかりに放出される資料を集める。自分で使うものが殆どだが、いくつかはロケットまつりで配布してもいいかなと思って集めた。 ただし、ひとつだけ難物があって、某B社が配布したDVD-ROMなのだが、セキュリティソフトが問題ありと判断するのだ。具体的には偽セキュリティを売りつけるためのプログラムに感染している疑いがあるようだ。もしかすると某B社の製品を売りつけるソフトが起動するのかもしれんが、あの何億円もするシロモノを買うなんて無理だぜ。そう、売る相手が違うぞ(笑)。 まあセキュリティに問題があるものを起動して試す訳にもいかない。すぐDVDを排出して、あとはノートパソコンが妙なことになっていないか全チェックをかけた。ええい、とんでもない時間のロスだったぜ。 SSME担当のPratt&Whitney社の資料には、STS−135で使用されたエンジンの履歴が掲載されている。再利用可能なエンジンならではの資料だろう。 三角形に配置されているSSMEを後ろから見て、頂点に位置するのがME−1、左下がME−2、右下がME−3という番号付けになっているようだ。 ME−1はBlock II 2047というエンジンが使われていて、今回を含め15回のフライト経験がある。ME−2はBlock II 2060で、これは3回のフライト経験しか無い様子。ME−3はBlock II 2045で、12回のフライト経験があるとのこと。 また、実フライト以外のテストも1〜3回程度行われているので、総噴射時間はそれを合計した値になり、Block II 2047は7,673秒、Block II 2060は2,550秒、Block II 2045は6,506秒となる。しかし複数回の合計とはいえ、凄い噴射時間だねえ。 なお、資料の作成タイミングから、総噴射時間にSTS−135の実測値は反映されていない可能性が高いだろう。 STS−135におけるエンジン運用の詳細も掲載されている。ME−3がTマイナス6.6秒で点火し、その後120ミリ秒の間隔でME−2、そしてまた同間隔をおいてME−1の順に点火する。T・ゼロでSRBに点火してリフトオフするが、その時のSSMEはまだ100%に向けて出力を上げている最中である。その後、104.5%の最大出力になるが、最大空力温度(マックスQと呼ばれるもの)になる辺りでは、機体を守るため72%まで落とすことになる。それを抜けるとまた104.5%まで上昇。Tプラス123秒でSRBを分離するが、ここではSSMEの出力に変化は無い。Tプラス443秒からSSMEの出力が徐々に落とされて、最後は出力67%の運転の後にTプラス504秒で停止(MECO:Main Engine Cut-Off)する。 今回の打ち上げはトータル511秒の稼働時間となる訳だが、これはSTS−135の計画値であり実測値ではないので、今回の打ち上げ結果を反映したデータがまた公表されるだろう。 SRBの詳細資料もある。これは製造担当のATK社によるもので、STS−135で使われるSRBが、今までどの打ち上げで使われてきたかの履歴を記したものだ。やはり再利用という特徴を示したい意図があるのかな。 1本のSRBは大まかに4段に分かれているが、更に11個の大きいパーツに分解できる。これらにはテストも含めて膨大な再利用履歴があり、中にはSTS−1で使われたパーツも含まれているほど。つまり30年前から使われ続けているパーツとなる。左側のSRBのいちばん上にあるシリンダーがそれで、STS−1の他にSTS−6、51B、85、92、114、126、そしてTEM−8(Test Evaluation Motor)で使われていたそうだ。これは今回の最終フライトのために、記念碑的な意味で採用されたのかもしれないな。 また、STS−107で使用されたものもある。そう、コロンビア号の空中分解事故が起こったフライトだ。事故は帰還する時に起こり、打ち上げは成功していたから、SRBも正常に回収されていたわけだ。ちなみにこれは4カ所に使われていて、STS−107以降に今回とはまた別のフライトを経験した部分もある。 中にはこれまで1回の履歴しか無いものもあるが、殆どが複数回の燃焼を経験してきたことになる。凄まじい推進力もさることながら、分離後に海に落ちたものを回収し、それをまた何回も使うのだから大したものである。日本のSRB−AやMVロケットでこんな使い方を想定したら、予算がとんでもないほど跳ね上がってしまうだろうな。 (※再利用しない方が安いかも…。なお、チャレンジャーの事故が起こったSTS−51Lでは、外れて飛び出したSRBが指令破壊されたので再利用はできなかった) それからスペースシャトルの記念ポスターが配布されていたのでもらってきた。「SPACE SHUTTLE 1981-2011」というタイトルで、白い外部燃料タンクを使っていた頃のコロンビア号打ち上げ写真の下に、これまでの歴史を振り返る各種イベントの写真が並べられている。(※打ち上げの様子はSTS−1だと思うが、記載が無いので不明) これはNASA公式ではなく、SRBの製造に関わるATK社の制作である。A3ぐらいの大きさで、これならばトランクに入るから持ち帰れるぞ。 いやー、これはいいもの貰ったと、席に戻ろうとしたら、いきなり白人の老記者が柴田の腕をがっしと掴んだ。い、いったい何事ですかっ!? 『それはどこで貰ったのだ! 儂にも教えるのじゃぁぁぁ!』(※超意訳) あまりの迫力に、ごめんなさいと100回ほど謝りたくなる(笑)。 もちろん相手は英語だが、だいたいの意味は通じている。つか、この状況で他にあるもんか。配布場所はそこですよと教えると、すかさずそこに飛んでいった。いやあ元気な人である。 そして打ち上げから4時間も経過した頃、もう渋滞も終わっただろうということでtweetupの閉会式を終えた大塚さんと合流し、オーランド空港近くのホテルに向かう。ここから約50マイルも先なのだが、ケネディ宇宙センター周辺にあるホテルの宿泊費がとんでもなく跳ね上がっていたので、その影響が割と少ないオーランドに待避することにしていたのだ。普段は一泊50ドル程度のところが、打ち上げ期間ともなると一泊300ドル以上になるなんて正気の沙汰ではない。 もっとも、オーランドに2泊したら、タイタスビルに戻ってこなければならない。天候の問題もあり、順調にシャトルが打ち上がるとは思っていなかったので、だいぶ長く滞在期間をとっていたのだが、まさかこんな事になろーとは。 オーランドに向かう528号は、4時間以上も経つのに打ち上げ見物帰りの渋滞が残っていて、そのためか料金所が閉鎖されていた。ただし通行止めという訳ではなく、無線式の料金徴収ゲート(※日本のETCと同様のシステム)を通過するように指示が出ている。現金での支払いで停止する車が無くなるぶん、渋滞が無くなるという考え方だ。なるほどね。 ただし、無料になるなら嬉しいけど、ETC方式で料金が請求されていたら嫌だなあ。 (※ここの通過だけなら1.5ドルだけど、レンタカーで無線式の料金徴収システムを1回でも利用すると、一日2.5ドルのシステム利用料がレンタル全日程に加算される事になっている。システム利用料は1ヶ月で最大10ドルまでと制限されているけども、今回の日程ではそれに到達してしまう。まあ10ドル程度なら…という見方もあるけど節約できるところは節約したい) さすがに空港の少し手前で渋滞はほぼ完全に解消したが、ホテルの直前にある料金所で1ドルを徴収される。ここは距離は関係なく、通過するなら払うというシステムだ。有料道路だが出入り口に料金所が無いため仕方ないのだが、めんどくさい道だねえ。 これを避ける道も当然あるんだけど、疲れていたので最短距離をとった。まあ今の日本円で80円程度なんだけど、お札で払うとえらく損をしたよーな気がしてしまうね。 (※コインで払うなら、専用の無人ゲートもある。ただし、入ってから「足りなかった!」とバックするのは大迷惑だし事故も起きやすいので、それを利用するなら事前に十分に足りる額を用意しなければならない。なお、こういった場合は25セント硬貨が基本で、他の硬貨が使えるかは経験が無く判らない。無難に有人ゲートを通るのがいちばん気楽である) 今回のホテルは朝食付きだが、残念ながら冷蔵庫と電子レンジが無いタイプの部屋になった。では、朝飯以外は外のレストランで食った方がいいな。 とはいえ今日は打ち上げ取材で疲れているので面倒な所は避け、近所のコンビニで買い出しをすることにした。場所は来るときに見つけていたセブンイレブンで、アメリカではガソリンスタンドが併設されているので分かり易い。 近いし、車での移動も飽きたので歩いて行こう、ということになったが、さっきフロントで受け付けをしてくれたおばちゃんが、送迎のために空港に行くというので、ごっついバンに便乗させてもらうことになる。コンビニまでは、ほんの100メートルほどだけど、何でも車で行くのが基本となっているらしく、この程度の距離の送迎でも普通にあるらしい。まあ日本でも地方では似たような状態だよね。 ちなみに帰りは歩いて戻ったのだが、とても歩きにくかった。歩道があればいいのだが、道端の草地に歩いた跡があるだけという、殆ど獣道の気分である。 という事で飯を食って、ネットを見たら就寝…などとは言っていられず、これから日本の阿佐ヶ谷でロケットまつりが開催されるのだ。当初はこちらから生中継を…という話も出ていたのだが、シャトル打ち上げ時間とロケットまつりの開催時間が全く合わないのと、十分な回線速度が確保できるか不明だったため、残念ながら無しとなっている。かわりに日本から映像を送ってもらうことになったのだ。おお、遠距離視聴の記録達成か? さすがに一度はベッドに沈没していたが、ロケットまつりの開催時刻になったら、どういった気力が残っていたのか自然に目が覚めた。ロケットまつりは独特の雰囲気があって、また見たいと思わせる何かがあるから、そのせいかな。 今回はペンシルロケットの設計者である垣見恒男さんが、宇宙とは別分野で関わった技術開発の中でも裏話的なものである。大変面白く、深夜に大声で笑う事ができずに悶絶していたのはゆーまでもない。 (※深夜:日本では昼間の開催だったが、こちらは地球の裏側なので夜中である) SRBの履歴。STS−1だけでなく、STS−107(コロンビア空中分解)の時のものも使われている。 SSMEの履歴。こちらは意外と少ない。ただしバージョンが何度も上がっているので、仕方ない。 ウォークアウトのリモートカメラはとうとう2段になった。 ウォークアウトのモデルを引き受けたNASA職員。こちらからひゅーひゅーとはやし立てる。 調子に乗ったか、ノックしてアストロバンを開けさせる。「なんだよ!」「すまん…」。警備の関係で不用意に開けていけません。 装甲車の丸穴は会話にも利用できる。 ウォークアウト開始 今回は4人。この4人、あるいは3人にするかどうか議論された結果、3人ではISSでの作業が忙しくなるので4人になった。 右脇の人の服装が似合っているのがアメリカらしいところ。 記念撮影…関係者か契約カメラマンか? 物凄い書き込みのある横断幕。いくつかある様子。 NHK SHV…国営放送のスーパーハイビジョンか という事で負けずに…(VABで書いた別のもの) 地上施設のエラーで2分ちょい遅れて打ち上げ 打ち上げ。曇り空と湿気が残念だった。 打ち上げ。シャトルの爆音も今回で聞き納め。 打ち上げ。カメラを思いっきり振ったので、上に載せていたビデオがもろに影響された。 ロールしている 腹を向けた。水蒸気が多い上に、高空の雲が邪魔。 雲に隠れる寸前 雲に突入。STS−134同様に曇りの打ち上げになる。NHKさんはSHVでの打ち上げが撮れなかったので困っているかも。 広角で。このレンズはSTS−133のときに撮ってみたかったの筆頭(笑) 広角で。雲の動きが早い。もうちょっと早ければ青空の部分に突っ込んだかも…しれない! 雲に突っ込むなーと、みんな覚悟する。 雲の向こう側は快晴のようで、影が落ちている。 雲に隙間もあったけど、分離等は見えませんでした。 ウォークアウトで打ち上げ撮影の場所取りに出遅れたため、隅っこで撮影していた。しかし意外にいい場所でした。 クロックの前。まだ噴射煙が残っている。 打ち上げ後の会見。あふれて廊下から撮影。 会見場の裏側。特に仕掛けは無いようです。 いつもクールなひと。突っ込み役で、奥の人がボケ担当…という事はない。 翌日に進む 打ち上げ 2011年7月5日 まず都内へ出発 2011年7月6日 三度目のフロリダ 2011年7月7日 RSS開放予定日 2011年7月8日 STS−135・アトランティス打ち上げ日 2011年7月9日 オーランド 2011年7月10日 オーランドからタイタスビルへ 2011年7月11日 休みの日 2011年7月12日 警察博物館 2011年7月13日 ディスカバリー号との再会 2011年7月14日 ビジターコンプレックス 2011年7月15日〜16日 オーランドから日本へ 着陸 2011年7月18日 また東京へ 2011年7月20日 アトランティス帰還予定前日 2011年7月21日 スペースシャトル最後の着陸 2011年7月22日 休養日のはずが観光日になる 2011年7月23日 ケネディ宇宙センター見学ツアー 2011年7月24日〜25日 帰国 メニューへ戻る
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